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広島地方裁判所 昭和33年(行)20号 判決

原告 佐々木飛郎

補助参加人 塚本正純

被告 安浦町選挙管理委員会

主文

一、原告の安浦町条例改正請求署名簿の大前義夫の署名が有効であることの確認を求める訴を却下する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告との間に生じた部分を二分し、その一を原告、その余を被告、補助参加人の参加によつて生じた部分を二分し、その一を補助参加人、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、原告の申立

「被告が昭和三三年一二月一七日付をもつてなした安浦町条例改正請求署名簿の署名に関する異議に対する決定のうち大前義夫の署名に関する部分を取り消す。大前義夫の署名が有効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

第二、被告の申立

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第三、原告及び補助参加人の主張

原告は昭和三三年一一月八日安浦町助役定数増加条例改廃請求者の代表者となつて被告に対し右条例改正請求者三一四名の署名簿を提出し、これに署名押印した者が選挙人名簿に記載された者であることの証明を求めたところ、被告は審査の結果右署名のうち二九八名の署名を有効署名、大前義夫外一五名の署名を無効署名と決定した。そこで原告は被告に対し異議を申し立てたところ、被告は同年一二月一七日付をもつて、右異議の一部を認容し、前記無効署名のうち二名の署名を有効としたが、大前義夫外一三名の署名を無効として、異議申立を棄却し、その旨を原告に通知した。しかし大前義夫の右署名は同人が自ら署名したものであつて、有効な署名であるから、右決定のうち同人の署名を無効とした部分は違法である。よつて、原告は右決定のうち大前義夫の署名に関する部分の取消と同人の署名が有効であることの確認とを求めるため、本訴に及んだ。

第四、被告の主張

一、安浦町議会は昭和三四年六月八日、原告がその改正を請求している安浦町助役定数増加条例を廃止する条例案を可決し、同町長は同月一三日右条例を公布し、右条例は同日施行されたから、原告の本訴請求は既にその目的を喪失したものである。

二、原告等主張の事実のうち、大前義夫の署名が本人の自署であつて、有効な署名であるとの点は否認するが、その外の事実は全部認める。右大前義夫の記名は同人の妻である大前ヨシノこと大前ギノが大前義夫に無断で記載したものであるから無効である。

第五、被告の主張に対する原告及び補助参加人の反ばく

被告主張の安浦町助役定数増加条例を廃止する条例の効力を争う。すなわち

一、従来安浦町においては昭和一九年に制定された安浦町助役定数条例によつて助役定数が一名と定められていたのであるが、右条例施行当時の町村制第六〇条本文は各町村に助役一名を置く旨を規定し、又現行地方自治法第一六一条第二項も右と同旨の規定を設けているから、右条例はもともと屋上屋を重ねる無意味なものであつて、無効な条例であつた。従つてかかる無効な条例を改正しても右改正は無効であるというべきところ原告がその改正を請求している安浦町助役定数増加条例は右安浦町助役定数条例を改正したものであつて、地方自治法第一六一条第三項に基いて制定されたものではないから無効であるというべきである。そうするとかかる無効な条例を廃止することを内容とする安浦町助役定数増加条例を廃止する条例も又無効である。

二、次に地方自治法第一二三条第二項によると、会議録には議長及び議会において定めた二人以上の議員が署名しなければならないのに、昭和三四年六月八日の安浦町議会の会議録には独り議長の署名があるだけで、同条所定の二人以上の議員の署名がないから、安浦町助役定数増加条例を廃止する条例案が同議会で議決され右条例が成立したことは同議会自体これを認めていないといわなければならない。結局右条例は議会の有効な議決を経ないものであるから無効である。

三、又、地方自治法第一六条第一項は、普通地方公共団体の議会の議長は条例の制定又は改廃の議決があつたときは、その日から三日以内にこれを当該地方公共団体の長に送付すべきことを規定しているが、ここに送付とは送付文なる文書をもつてすることを要する要式行為であり右規定は単なる訓示規定ではなく厳重な効力規定と解すべきであるから、かかる手続を欠いてなされた条例の公布は無効であるというべきところ、本件においては右の手続は全く無視されているから、仮に安浦町助役定数増加条例を廃止する条例が公布されたとしても、その公布は無効であるから、右条例は未だその効力を生じないものというべきである。

四、更に地方自治法第一六条第四項に基き制定された安浦町公告式条例第二条によれば、安浦町条例を公布するときは、公布の旨の前文及び年月日を記入し、その末尾に町長が署名して公布することを要するところ、安浦町長は安浦町助役定数増加条例を廃止する条例の公布文原本に署名していないから、右条例の公布手続はこの点において既に無効というべきである上、その公布文には右条例の本文各条の記載はなく、しかもその前文欄には「左記条例を廃止する。」と記載され、廃止さるべき条例の名称として「安浦町助役定数増加条例を廃止する条例」と記載されているので、結局同町長は安浦町民に対し安浦町助役定数増加条例を廃止する条例を廃止する旨の全く無意味な意思表示をしたことになるから、この点からみても右条例についてはとうてい有効な公布がなされたということはできない。

以上の次第であるから、安浦町助役定数増加条例は未だ成立せず、仮に成立したとしても未だ外部的にはその効力を生じないものであるから、被告の主張は理由がない。

第六、当事者双方が提出、援用した証拠及び書証の認否〈省略〉

理由

一、まず、安浦町条例改廃請求署名簿の大前義夫の署名が有効であることの確認を求める原告の請求の適否について考えてみるのに、右署名簿の署名が民事訴訟法第二二五条にいわゆる法律関係を証する書面に当らないことは明らかである上、かかる訴を認めた法律の規定もないから、右訴は不適法として許されないものといわなければならない。よつて原告の本訴請求のうち右の部分を却下することとする。

二、次に、被告がなした右署名簿の署名に関する異議に対する法定の取消を求める原告の請求について考えてみるのに、被告は、昭和三四年六月八日安浦町議会は原告等がその改廃を請求している安浦町助役定数増加条例を廃止する条例案を可決し、右条例は同月一三日公布され、即日施行されたから、原告の右請求は既にその訴の目的を喪失したものである旨主張するのに対し、原告及び補助参加人は右条例の効力を争い事実欄第五の一ないし四記載のとおり種々抗争するので、以下にこの点について順次判断することとする。

(一)  原告等の反ばく一について

安浦町助役定数増加条例がかりに原告等の主張するとおり無効であるとしても、表見上存在する右条例を廃止するための条例を制定することはもとより適法である上、成立に争いのない甲第四号証によれば、安浦町助役定数増加条例が地方自治法第一六一条第三項の規定に基き制定されたものであることが認められるから、右条例に原告等主張のような瑕疵がないことが明らかである。従つてこの点に関する原告等の主張は採用することができない。

(二)  原告等の反ばく二について

地方自治法第一二三条第二項が、会議録には議長及び議会において定めた二人以上の議員が署名しなければならない旨を規定する趣旨は、会議録の記載が真正であることを保証するためのものであつて、議決の有効要件ではないから、右署名がなされないときでも当然に有効な議決がなされなかつたということはできないと解すべきである。従つてこの点に関する原告等の主張は採用することができない。

(三)  原告等の反ばく三について

地方自治法第一六条第一項にいわゆる送付とは必ずしも原告等の主張するように送付書をもつてすることを要するものではなく、又同条が規定する三日間を経過した後に条例が送付された場合でも、普通地方公共団体の長は議会において当該条例が適法に議決された以上、これを公布することはもとより適法であると解すべきところ、乙第三号証のうち成立に争いのない部分(括弧の部分は成立に争いがある)と証人木谷彦博の証言を綜合すると、安浦町議会は昭和三四年六月八日安浦町助役定数増加条例を廃止する条例案を可決し、同議会議長木村崇は同月九日その議案書に原案が可決された旨を記載し、これに署名した上、これを同議会事務局書記長木谷彦博に交付し、同人において送付書を作り、同日同町書記として右書面に基き右条例の公布文の草案を作成し、同日これを公布のため同町長に提出した事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はないから、この点に関する原告等の主張も採用することができない。

(四)  原告等の反ばく四について

地方自治法第一六条第四項は、普通地方公共団体の長の署名、施行期日の特例その他条例の公布に関し必要な事項は条例で定むべきことを規定し、右規定に基く安浦町公告式条例第二条は、条例を公布しようとするときは、公布の旨の前文及び年月日を記入して、その末尾に町長が署名すべきこと、条例の公布は役場前掲示場に掲示して行う旨を規定しているから、安浦町長において条例を公布しようとするときは右の手続に従うことはもとよりのこと、条例の公布が議会の議決によつて成立した条例を一般に周知させるための制度であるところからみて、公布にあたつては公布さるべき条例の名称及びその内容全てを公布文に掲記しなければならないことはいうまでもないところである。

そこで本件についてこれをみるに成立に争いのない甲第六ないし第八号証、乙第五号証、証人木谷彦博の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証並びに同証人の証言を綜合すると次の事実を認めることができる。

安浦町書記木谷彦博は昭和三四年六月九日前記のとおり安浦町長において同町議会議長から安浦町助役定数増加条例を廃止する条例の送付を受けたので、同日別紙第一記載のとおりの右条例の公布文の草案を作成し、同町長辻村国治にその署名を求めたところ、同町長において同月一三日右公布文に自署する代りに記名押印したので、同日その写しを同町役場前の掲示場に掲示した。しかしながら同書記は同日公布文原本には町長が自署しなければならないことを知つたので、同日別紙第二記載のとおりの右条例の公布文草案を作成し、これに同町長の署名を得たけれども、右掲示はそのままに放置していた。しかるところ、同書記は同年七月一五日頃に至り先に掲示された右条例の公布文には安浦町助役定数増加条例を廃止する条例を廃止する旨が記載されている誤りがあることに気付き、前記同町長の署名にかかる別紙第二記載のような公布文の写しを右掲示場に掲示した。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠は見当らない。

そこで以上認定の事実により安浦町助役定数増加条例を廃止する条例の公布の効力について考えてみるのに、まず最初になされた右条例の公布文には、その原本に安浦町長の記名押印はあるけれども署名がない上、その前文には右条例を公布する旨の記載がなさるべきところを右条例を廃止する旨の記載がなされ、しかも右条例の全文も記載されていないのであるから、右公布が違法であることはいうまでもない。しかしながら右条例の公布文原本に町長が署名する代りに記名押印した点をもつて右公布が当然に無効であるということはできない。次にその前文に公布の旨の記載がない点についても前記事実によればその前文に「左記条例を公布する」と記載すべきところを間違「左記条例を廃止する」と記載したものであることが外部的に容易に察知できるのであつて、必ずしも原告等が主張するように同町長によって、安浦町助役定数増加条例を廃止する条例を廃止する旨の無意味な意思表示をしたものであることは解することはできない。又右公布文に公布すべき条例の名称を記載したにとどまり、その全文を記載しなかつた点の違法も、本件におけるように既存の条例を廃止する条例を公布する場合にはその公布を無効とする程度の違法であると解すべきではない。

以上説示のとおりであるから、安浦町長が最初になした右条例の公布は違法ではあるけれども、当然には無効ではないと解するのが相当である。

なお、同町長が第二回目になした右条例の公布について考えてみるのに、前記のとおりその公布文にはその前文に「左記条例を廃止する」との記載があり、その廃止さるべき条例として安浦町助役定数増加条例なる記載がなされているにとどまるものであつて、右記載自体からは、安浦町助役定数増加条例を廃止する条例が成立し、同町長において議会意思に基きこれを公布するものであるとの趣旨はとうてい読みとることができないから、右公布は無効であると解するの外はない。

そうすると、安浦町長は結局前記最初になした公布手続によつて、原告等がその改廃を請求している安浦町助役定数増加条例を廃止する条例を公布し、右条例が施行されたことが明らかであつて、原告の本訴請求のうち被告がなした前記決定の取消を求める部分は既にその訴の利益を喪失したものというべきであるから棄却を免れない。

三、次に訴訟費用の負担について考えてみるのに、原告の請求のうち被告がなした署名簿の署名に関する異議に対する決定の取消を求める部分は、前記のとおりの理由によつて棄却を免れないものであるが、甲第一号証のうち大前義夫の証言により真正に成立したと認められる同人の作成部分、証人長田正の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、検甲第一号証並びに証人大前義夫・同大前ギノ・同長田正の各証言を綜合すると、安浦町助役定数増加条例の改正請求署名簿中の大前義夫の署名は同人の自署であつて有効署名であることが認められ、乙第二号証のうち右認定に反する部分はたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はないから、原告の右請求は安浦町助役定数増加条例を廃止する条例が制定されなかつたら、本来認容さるべきものであつて、訴訟費用の負担は被告に命ずべきであるところ、他面原告及び補助参加人も前記訴の利益の消滅に関する被告の主張があつた後は不必要な行為をしたものと認めるの外はないから、以上の点を考慮して訴訟費用は民事訴訟法第八九条、第九〇条、第九四条に従い、原告と被告との間に生じた部分を二分し、その一を原告、その余を被告、補助参加人の参加によつて生じた部分を二分し、その一を補助参加人、その余を被告の各負担とするのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 西俣信比古 山田和男)

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